アイヌ語で 「樹木の鬱蒼と繁茂するところ」という意味です。
一般的にはこの「ニムオロ」が根室(ねむろ)の語源とされています。
しかし、そのほかにも「ネモロ・コタン」(沼のあるところ)、「ニモウルル」(箕の形をした湾:箕(み)とは、穀物のモミ殻やごみを取り除くための道具でチリトリみたいな形をしたものです。)などがありますが、いずれもアイヌ語から来ています。
現在の根室市街の様子からは、「樹木の鬱蒼と繁茂するところ」は想像ができません。これは明治初期の開拓の時代に、開墾のために多くの樹木を伐採したことによると思われます。森林保護という思想がまだ生まれていない時代とはいえ、その名残りが語源だけにあるのは残念なことだと思います。








日本に初めてスケートが伝えられた経緯には諸説があります。
たとえば、文久元年(1861年)に英国人ブラキストンが函館に伝えた、また札幌農学校(現・北海道大学)に米国人教師ウィリアム・ブルックスが持ってきた、などです。

しかし、実は根室が、日本で初めてスケートが披露されたところなんです。1792年ロシアの使節ラクスマンが通商を求めて
根室に来航し、一行が一冬を根室で過ごしました。この時、結氷した根室湾内で滑ったという絵と記録が、愛知県刈谷市立図書館に保管されています。その型は昔の下駄スケートに近く、説明には、「ロシア人が氷上を滑って遊んでいる。その早さは鳥のようである。片足両足あるいは身は自由に動く」とあります。