

根室港に着水したシリウス号
アメリカの飛行家リンドバーグ大佐とアン夫人を乗せた、水上飛行機シリウス号(ライトサイクロン520馬力)は、1931年(昭和6年)7月6日太平洋横断をめざしニューヨークを出発しました。途中カナダ、アラスカ、カムチャツカ半島を経由し、千島列島を南下して、8月24日午前7時40分濃霧の立ちこめる根室港に着水しました。
この年の5月7日に報知新聞社の日米親善の北太平洋横断飛行が、飛行士吉原清治の操縦により根室港を出発しましたが、悪天候と機械の故障、機体の破損により船舶に救助され、5月16日根室港に帰還し失敗に終わっています。
東京朝日新聞 号外 (昭和6年8月23日)

【根室特派員発】
根室地方は今朝来大雷雨があったが天候次第に晴れ、リンデイ機は天候の晴れるのを待ち飛来するとの情報に午前8時頃早くも択捉島、クナシリ島各地並に針路以東及び根室付近海上にある船舶、コースの郵便局と連絡をとり、リンデイ機の飛来の見張りを監督方依頼するなど根室町は朝来又もわき返るような騒ぎである。午前10時頃田中航空官はリンデイ機に対し飛行についての問合わせを行った所まだ天候が定まらないから目下ひたすらその回復を待っているとの通知に接したが懸念された天候も正午近くから暫次回復し根室地方にはところどころ青空を見、択捉島付近も又雲晴れ飛行日和になって来たのでその旨直ちにリンバーグ氏に気象を通報した、天候回復を待ちつつあったリンデイ夫妻は昼食も取らず午後1時過ぎるまで機関の調子の点検をなしいよいよ出発の準備に着手していたが同2時25分紗那の全村民に送られて見事に離水し離水後約5分にして紗那上空からその機影を し根室に向い4時33分根室湾に機影を現した。
リンドバーグ夫妻歓迎の宴(根室町公会堂)

「町内各学校生徒児童4千余と、1万余の町民いづれも手に日米の国旗を打ち振り、歓呼の声に之を迎える。午後1時花咲小学校のグランドに於いて、根室挙町の大歓迎会を挙げられ、のち公会堂の歓迎宴に臨み・・・・・」と言うように、リンドバーグ夫妻への町民の歓迎振りは大変なものだった様です。その時のリンドバーグの航空日誌には根室の人情風物に多くの筆が費やされていたとのことです。
リンドバーグ夫妻は、2日間の滞在後の8月25日午前8時20分、霞ケ浦へ向けて根室港を離水しました。



